竹村鮎子弁護士の学んで防ぐ!不動産投資の法律相談所
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2018年10月31日(水)
賃貸経営における災害リスク!建物の損壊で第三者が被害を受けた場合の責任は?
ここ最近、台風や大雨による水害や大地震などの自然災害が相次いで起こっています。このような大規模な自然災害により、所有する不動産に何らかの影響が出た場合、不動産投資家としては、どのように対応したらよいでしょうか。
今回は、大規模自然災害が賃貸経営に与えうるリスクについて、解説いたします。
袖看板が地震で落下して通行人がけがをした場合
【モデルケース】
Aさんはテナントビルを経営しています。ある時、地域で震度5強の地震が発生し、Aさんの経営するビルの袖看板が落下して、通行人にけがをさせてしまいました。この場合、Aさんには何らかの責任が発生するでしょうか。
工作物責任とは? 法律用語を理解しておこう
民法第717条に、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。
ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」という規定があります。
これは一般に「工作物責任」といわれているものです。法律の条文は少し難しいですが、「土地の工作物」とは、ブロック塀やビニールハウスなど、土地に接着しているもののことを指し、建物や建物のエレベーターなどの設備もこれに当たります。
「瑕疵(かし)」とは、その物が通常有すべき性能を欠いていることをいいます。また、「占有者」とは、工作物を事実上支配する人のことを指します。
すなわち、少し乱暴な表現ですが、条文の規定を分かりやすくいうと、「土地の上に設置された物が、通常よりも安全性を欠いていたことによって、他人に損害を与えた場合には、その物を管理していた人は、その損害を賠償しなくてはならない。
管理をしていた人が、損害が発生しないように十分に注意をしていた場合には、その物の所有者が損害を賠償しなくてはならない」ということになります。
モデルケースの場合、占有者でなければ所有者が必ず賠償をしなければならない
さて、それではAさんの場合で考えてみましょう。
ア 土地の工作物とは?
テナントビルの袖看板は、土地に接着した建物の設備ですので、「土地の工作物」に当たります。
イ 工作物の占有者と工作物の所有者の違い
それでは「工作物の占有者」とは誰になるでしょうか。
ここで、工作物責任における「占有者」と「所有者」の責任の違いについて見てみましょう。条文上、占有者は、損害の発生を防止するのに必要な注意をしていたときは、損害を賠償する責任を負わないものとされています。その場合には、工作物の所有者が損害を賠償しなくてはならないのです。
すなわち、工作物の所有者は、占有者が安全確保に必要な手入れなどを十分に行っていた場合、自らは何ら落ち度がなくても、発生した損害を賠償しなくてはならないということです。
これは、少なくとも何らかの落ち度があった場合に責任を認めるという民法の考え方からすると特殊であり、非常に重い責任です。
そこで、工作物責任上、誰が「工作物の占有者」で誰が「工作物の所有者」であるかは、非常に重要な問題となります。いくつかのケースに分けて考えてみましょう。
⑴ 建物にもともと袖看板が付いていた場合
建物の建築当初から袖看板が付いていて、取り外しができないものになっている場合、袖看板の所有者はビルオーナー、占有者は賃借人と考えられます。
また、ビルオーナーは、工作物の所有者でもありますが、賃貸人としての立場からすると、賃借人を通じて間接的に看板を利用していると考えられます。したがって、ビルオーナーは、「工作物の所有者」でありながら、「工作物の占有者」ということになります。
⑵ 袖看板を賃借人が設置した場合
袖看板を賃借人が設置した場合、看板の所有者は賃借人ですので、「工作物の所有者」は賃借人であり、ビルオーナーは賃借人を通じた「工作物の占有者」であるといえます。もちろん、賃借人は「工作物の占有者」としての地位も併せ持っています。
ウ 「瑕疵」とは何か? その物が通常持っているべき性能を把握しておく
次に、「瑕疵」について考えてみましょう。
「瑕疵」とは、その物が通常持っているべき性能を欠いていることを指します。それでは、「その物が通常持っているべき性能」とは、具体的にどのようなものでしょうか。
袖看板の例で考えてみましょう。
ビルの袖看板は、通常、風雨にさらされるので、通常の規模の地震や台風、降雪などで落下することがないように作られているでしょう。
しかし、これが隕石が衝突するというような未曾有の自然災害にも耐えうるような強度を持っていることまで、「通常持っているべき性能」として要求されるでしょうか。
このように、「通常有すべき性能」とは何かということは、難しい判断が要求されるといえますが、自然災害の場合には、「予測可能な災害に耐えられる強度を持っているかどうか」という観点で判断されることが一般的です。
過去の裁判例では、震度6程度の地震は予測が可能であるとして、これに耐えられるものというのがおおよその基準になっている傾向がありましたが、大規模な自然災害が続いており、災害への備えの必要性が様々なところで説かれている現在においては、震度7の地震は国内のどこでも起こりうるものとして、これに耐えられる程度の強度を備えていることは、「通常有すべき性能」として必要かもしれません。
「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」ことを証明するのは難しい
Aさんの場合に話を戻すと、周囲の建物には何ら影響が出ていないにもかかわらず、震度5強程度の地震の影響によって、もともとビルに付いていた袖看板が落下し、通行人にけがをさせた場合、看板は「通常有すべき性能に欠けている」ため、テナントとオーナーであるAさんは、「土地の工作物の占有者」として、通行人に対して生じた損害を賠償しなくてはならないといえるでしょう。
また、上記の例において、テナントとAさんが看板の落下を防止するため、細心の注意を払っていた場合、テナントは損害賠償の責任を逃れますが、ビルオーナーは損害賠償に応じなくてはなりません。
袖看板をテナントが独自に付けていた場合でも、ビルのオーナーであるAさんは、「土地の工作物の占有者」として、看板落下防止に注意を払っていたことを証明できない限り、損害賠償責任を負うことになります。
このため、看板落下防止に注意を払っていたということが証明できるかどうかが問題となります。
しかし、実際に看板が落下してしまった以上、落下防止のための注意を払っていたことを証明するのは非常に難しいものと思われます。
つまりどういうことかというと、Aさんはほとんどすべての場合において、損害賠償責任を負わなくてはならないということです。
「工作物責任」は不動産投資における大きなリスクになることを知っておく
建物の袖看板が落下して、通行人に重いけがをさせてしまった場合、また、非常に残念ですが、通行人が死亡してしまったような場合には、数億円もの賠償金を支払うことになることも珍しくありません。
また、「工作物責任」は、事実上、ビルオーナーが免責される余地はほとんどないといえますので、不動産投資にあたっては、非常に大きなリスクとなることに注意が必要です。
昨今、大規模な自然災害が相次いでいる状況からしても、どの程度の強度を持っていれば、土地の工作物が「通常有すべき性能」を有しているかの判断は、非常に難しいものであるといえます。
そこで、工作物責任のリスクを回避するためには、建物を定期的にメンテナンスすることや保険に加入するなどの対策に加えて、袖看板などは設置しない、または撤去するという判断も必要になってくるでしょう。
なお、本コラムでは、あくまでモデルケースとして、ビルの袖看板を挙げましたが、ビルのバルコニーの柵や、非常階段などの外階段、エアコンの室外機なども「土地の工作物」に当たります。これらは工作物責任のリスク回避のために撤去するということは難しい物ですが、万一、崩落などがあった場合には、大きな損害を生じかねませんので、さらに注意が必要です。
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著者紹介
竹村 鮎子竹村 鮎子
弁護士。東京弁護士会所属。
2009年に弁護士登録、あだん法律事務所に入所。田島・寺西法律事務所を経て,2019年1月より、練馬・市民と子ども法律事務所に合流。主に扱っている分野は不動産関係全般(不動産売買、賃貸借契約締結、土地境界確定、地代[賃料]増減額請求、不動産明渡、マンション法等)の法務が中心だが、他にも企業法務全般、労働法関連、一般民事事件、家事事件、刑事事件など、幅広い分野を取り扱っている。実地で培った法務知識を、「賃貸経営博士~専門家コラムニスト~」としてコラムを公開しており、人気コンテンツとなっている。
http://www.fudousan-bengoshi.jp/