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原状回復義務について

目次

原状回復義務とは

不動産の賃貸借契約に限ったことではありませんが,誰かから物を借りたときには,借りたときの姿に戻して返さなくてはなりません。賃貸借契約において,賃貸借契約終了時に,賃借人は借りた土地や建物を,借りたときの状態に戻して,賃貸人に明け渡す義務を負っています。この義務を「原状回復義務」といいます。

しかし,マンションなどの建物は,多くの場合,長期間借りることが一般的です。時間の経過とともに建物は劣化していくものです。借りたときと同じようにして返すといっても,新築で借りて20年住んだ家を,退去時に新築同様にして返すことを賃借人に求めるのは酷であるといえます。

他方で,賃貸人は「自分のもの」を貸しているので,あまりにも汚れた状態で明け渡しをされても困ります。また,速やかに次の賃借人に入居してもらうためにも,できるだけきれいな状態で,賃借人から建物を明け渡してもらいたいことでしょう。

このため,建物退去時に賃借人が負うべき原状回復義務の範囲については,賃貸人と賃借人の間でトラブルになりがちです。

それでは,具体的に賃借人が負っている原状回復義務とはどの程度のものをいうのでしょうか。

賃借人の原状回復の範囲

そもそも建物の賃貸借契約とは,賃貸人が所有する建物を,契約の目的(居住用や事業用など)に即して賃借人に使用させることにより,賃借人に建物を使うことによる利益を得させ(これを「使用収益」といいます。),その対価として賃借人から賃料を受け取るというものです。

例えば建物内では,家具を置くのが当たり前です。そして家具を置けば,その部分の床がへこんだり,変色したりすることは当然のことです。また,時間が経てばその分,建物が傷むのも当然のことです。建物を貸して賃料を取る以上,家具の設置による床のへこみや変色など,建物を普通に使っていれば当然に起こり得るものや,建物の経年劣化については,予め分かっているものとして,賃料でそのカバーをするべきなのです。

つまり,通常の利用の範囲による建物の損耗や,経年劣化は,賃料で補えるものとして,賃借人は原状回復義務を負いません。この通常の利用による建物の損耗を,「通常損耗(つうじょうそんもう)」といいます。

なお,賃貸借契約における原状回復義務については,法律のはっきりとした規定がなく,解釈に委ねられている状態でした。しかし,2020年4月から施行される予定の改正民法において,賃借人が負うべき原状回復義務の範囲について,「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と規定されました。

ただし,この条項は,これまでの解釈をなぞるように明文化したものなので,改正民法によってこれまでの運用が変わるわけではありません。

賃借人が負うべき義務

それでは,賃借人が原状回復すべき範囲はどのようなものでしょうか。
前述のとおり,「通常損耗」と「経年劣化」については,賃借人は原状回復する必要はありません。しかし,具体的に何が「通常損耗」で,何が「経年劣化で,何がそうでないものなのでしょうか。

この点,通常損耗が,「建物を普通に使っていれば当然に起こる傷や汚れ」であり,「経年劣化」が「年月の経過を原因とする建物の劣化」であると考えると,「普通に使っていたら生じない傷や汚れ」については,賃借人が原状回復をするべきであるといえます。

具体的には,賃借人がわざと付けた傷や汚れ,掃除をきちんとしなかったことによる汚れの拡大などについては,通常損耗の範囲を超えるもの(これを「特別損耗」といいます。)であるとして,賃借人が原状回復を行うべきと考えられています。

具体的には,以下のようなものが「通常損耗」に当たり,賃借人は原状回復義務を負わないと考えられています。

日照等による畳・クロスの変色
家具の設置による床の凹み・設置跡
ポスター・カレンダー等の跡,画びょうの穴
など

また,以下のものは「経年劣化」に当たり,これも賃借人は原状回復義務を負いません。

耐用年数の経過による設備の故障
耐用年数の経過によるひび割れ
など

他方で,以下のものは「特別損耗」として,賃借人が原状回復義務を負うものと考えられています。

飲み物をこぼしたことによるシミやカビ
落書き
浴室の水アカ,カビ
など

このように考えると,賃借人が負うべき原状回復義務の範囲は狭いといえ,通常は賃借人が原状回復の費用を負担することはないように思えます。それでは賃貸人は,賃借人に原状回復費用を負担してもらうことは,一切できないのでしょうか。

この点,賃貸借契約時に,原状回復について特約を定めることはできます。例えば,退去時のクリーニング費用について,「賃借人は退去時に室内のハウスクリーニング費用を負担する」などと,契約書に定められていることが多くあります。

それでは,このような特約があることを理由に,賃貸人は賃借人に対し,退去時に室内のクリーニング費用を請求することはできるでしょうか。

居住用の建物の賃貸借契約においては,借地借家法の適用があり,賃借人に不利な特約は無効になることがあります。また,消費者契約法によっても,消費者(ここでは賃借人)に不利益な契約は無効になると定められています。

そこで,特約が有効であるというためには,少なくとも以下の条件を満たす必要があります。

①特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
②賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えたクリーニング費用を負担することについて認識していること
③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

また,クリーニング特約については,

①賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか
②本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨及び負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか或いは口頭で説明されているか
③費用として妥当か
等の点から有効・無効が判断されます。

どのような取り決めがなされていれば,クリーニング特約が有効であるか否かについては,裁判例の見解も分かれているところです。しかし,特約が有効であるというためには,少なくとも契約書に,㋐室内の汚損の程度にかかわらず,クリーニング費用は賃借人負担となること,㋑費用についてもおおよその目安を提示していることが必要だと言えるでしょう。

なお,国土交通省が公表した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に,原状回復について詳細な説明がありますので,そちらも合わせてご参照ください。

トラブルになったら

それでは原状回復について,賃借人とトラブルになった場合,どうしたらよいでしょうか。

自らが貸した建物を,必要以上に汚損されたら気分は良くありませんが,まずは賃借人と誠意をもって交渉を行うべきでしょう。なお,交渉を管理会社任せにしている賃貸人の方も多いかと思います。しかし,賃借人とのトラブルの交渉を,管理会社が行うのは弁護士法違反になりますので,賃貸人が自ら,または弁護士に委任をして,交渉を行うようにしてください。

裁判外紛争処理制度

当事者間での交渉が決裂した場合,どのような手段を取るべきでしょうか。
この点,話し合いでの解決を前提に,裁判所で行われる民事調停を提起する,国民生活センターなどの裁判外紛争解決手続きを利用するなどの方法が挙げられます。

これらの手続きは,話し合いがベースにはなりますが,当事者の間に専門的な知見を有する第三者が入り,相手方を説得してくれることもありますので,当事者だけで行う話し合いよりも,スムーズに進むことが期待できます。

少額訴訟手続

また,どうしても賃借人との話し合いでは合意ができない場合には,民事訴訟を提起するという方法もあります。その際,請求金額が60万円以下の場合には,「少額訴訟手続」を提起することもできます。

民事訴訟は解決までに長期間を必要とする場合が多いですが,少額訴訟手続きは,それとは異なり,原則として1回の期日で審理が終了します。また,判決についても,民事訴訟では即時一括払いの判決が出されますが,少額訴訟の場合,分割払いや支払時期について,ある程度柔軟に定めることができます。

しかし,少額訴訟手続きは,1回の期日で審理が終了するものである以上,提起時に判決が出るだけの証拠が十分にそろっている必要があります。訴えを起こす際には,裁判所がトラブルの原因やその内容を理解できるだけの証拠をきちんと準備しておく必要があります。

まとめ

原状回復について,賃借人とのトラブルを避けるためには,賃貸借契約締結時に,きちんと原状回復について,賃借人と確認を行っておくことが大切です。

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著者紹介

竹村 鮎子
竹村 鮎子

弁護士。東京弁護士会所属。
2009年に弁護士登録、あだん法律事務所に入所。田島・寺西法律事務所を経て,2019年1月より、練馬・市民と子ども法律事務所に合流。主に扱っている分野は不動産関係全般(不動産売買、賃貸借契約締結、土地境界確定、地代[賃料]増減額請求、不動産明渡、マンション法等)の法務が中心だが、他にも企業法務全般、労働法関連、一般民事事件、家事事件、刑事事件など、幅広い分野を取り扱っている。実地で培った法務知識を、「賃貸経営博士~専門家コラムニスト~」としてコラムを公開しており、人気コンテンツとなっている。
http://www.fudousan-bengoshi.jp/

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