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第2回 賃料未払いの賃借人に請求を行うには? 検討すべき占有移転禁止の仮処分

目次

このコラムでは、大家が頭を悩ませる賃貸未払いの賃貸人への対応について、経緯から決着までを順を追って3回に分け、貸主をA、借主をBとして解説しています。前回のコラムはこちらをご覧ください。

今回は、その第2回目。
Aさんはマンションの1室をBさんに貸していますが、Bさんからはもう3カ月、家賃の支払がありません。このため、Aさんは期限を定めて家賃の支払を求める内容の内容証明郵便を発送しました。しかし、Bさんからは特になんの回答もないまま、支払期限は過ぎていきました。

このためAさんは、Bさんに部屋を出て行ってもらうため裁判を起こして、賃貸借契約の解除と建物の明け渡し、未払賃料の回収をしなくてはならないと考えるようになりました。

第3段階 占有移転禁止の仮処分

Aさんは再度、弁護士に相談に行きました。

弁護士「Bさんに対して法的手続きを取るつもりなのですね」

Aさん「そうでもしないと、このまま家賃が支払われないまま、ズルズルと居座られそうな気がしています。私としては早くBさんに出て行ってもらって、新しい人に部屋に入居してもらいたいと思っています」

弁護士「それでは、Bさんに対しては賃料未払いによる賃貸借契約の解除と建物の明け渡し、さらに未払い賃料の支払いを求める裁判を起こすべきでしょう。また、裁判の前に『占有移転禁止の仮処分』を起こすことを検討してみてください」

Aさん「『占有移転禁止の仮処分』とは何ですか?」

弁護士「裁判でBさんに対して『Aさんに部屋を明け渡せ』という内容の判決が出ても、その時にもしもBさんではなく、別のCさんが部屋を占有していた場合、その判決の効力はCさんには及ばないのです」

Aさん「どういうことですか?」

弁護士「判決に勝っても、それはあくまでBさんに対するものなので、BさんではなくCさんに対して建物を明け渡すことを求めることはできないのです。このため、判決が出るまでに建物を使用している人がBさんからほかの人に変わってしまう恐れがある場合には、占有移転禁止の仮処分を行っておくべきでしょう」

Aさん「そうすれば、Cさんにも出て行ってもらえるのですか?」

弁護士「占有移転禁止の仮処分を行っておけば、裁判所から仮処分命令が出た後は、Bさんが部屋をほかの誰かに使わせることはできなくなります。もし、仮処分命令が出た後に、Bさんがほかの誰かに部屋を使わせていた場合でも、Bさんに対する判決が出れば、そのほかの誰かを立ち退かせることもできます。しかし、占有移転禁止の仮処分を行う場合、担保金を用意する必要があります」

Aさん「担保金とは何ですか?」

弁護士「占有移転禁止の仮処分は、貸主側だけの主張を聞いて出されるものなので、貸主側の主張が誤っていた時などには、借主側に損害が出る恐れがあります。このため、その損害賠償分として、あらかじめ裁判所に担保金を入れておく必要があるのです」

Aさん「私が嘘をついているというのですか?」

弁護士「Aさんが嘘をついているかは関係なく、裁判は、双方の言い分を聞いて判決を出すのが原則です。しかし、占有移転禁止の仮処分は、借主側の意見を聞かないで仮処分命令が出されるので、裁判所としては借主側に配慮をせざるを得ないのです」

Aさん「分かりました。担保金とはいくらですか」

弁護士「事例に応じて異なりますが、目安としては家賃の1カ月分から3カ月分です」

Aさん「けっこうしますね」

弁護士「担保金は、損害賠償が発生しなければ返ってきます。ほとんどの場合にはそのまま返金されますが、一時的な出費の多さは無視できませんね」

Aさん「絶対に占有移転禁止の仮処分を行わないといけないのですか?」

弁護士「絶対ではありません。占有移転禁止の仮処分は、裁判までに建物の占有者が変わってしまうことによるリスクを排除するものなので、占有者の変わる可能性が低い場合は、わざわざ行う必要があるかどうか、ご自身でよく考えたほうがいいでしょう。負担もありますし、きちんとした準備が必要です」

Aさん「申立を行ったほうがいい場合とは、どのような場合でしょうか?」

弁護士「裁判が終わるまでに占有が移転されるリスクが高い場合には、占有移転禁止の仮処分を行うべきでしょう。例えば、貸している部屋に不特定多数の人が出入りしていたり、Bさんの姿を見かけなくなっていたりするような場合などは、占有移転禁止の仮処分を行うべきだと言えるでしょう」

判決の効力は、借主にしか及ばないのが原則です。このため、せっかく裁判で勝っても明け渡し時に建物を第三者が使用していた場合には、その第三者に対して明け渡しを求めることができません。

そのような不都合を回避するために、裁判を起こす前に「占有移転禁止の仮処分」を行うことがあります。これは、「建物を事実上使用している(占有)状態をほかに移転させること」を裁判所が禁止するものです。つまり、Bさんが使っている建物を、ほかの人に使わせることを裁判所が禁止するのです。

占有移転禁止の仮処分命令を受けておけば、裁判に勝っていざ明け渡しを求める際、借主ではない第三者が建物を使用していたとしても、その第三者に対して建物から出行くように求めることができます。

借主をまったく見かけなかったり、不特定多数の人が建物を利用しているようであったりした場合、建物の占有が第三者に移転される可能性が高く、占有移転禁止の仮処分を行うべきといえるでしょう。

占有移転禁止の仮処分の手続きの流れ

占有移転禁止の仮処分の手続きの流れは、以下の通りです。

①裁判所に行う占有移転禁止の仮処分
申立書と合わせて証拠を提出します。
賃貸借契約書や建物の使用状態を示す写真、賃料の支払いがないことについて貸主の陳述書などを証拠とすることが一般的です。

②債権者審尋(裁判官と面接を行います)
裁判官に対して、なぜ占有移転禁止の仮処分を行う必要があるのかについて説明を行います。また、担保金についてもここで協議を行います。

③担保決定
担保金の金額が決定されます。

④担保金の供託
法務局に対して決められた担保金を供託します

⑤保全命令(占有移転禁止の仮処分命令)の発令

⑥保全執行の申し立て
命令が出ただけでは占有移転禁止の効果は出ないので、別途、命令を執行する執行官に、占有移転禁止の仮処分命令を実行してもらうための申し立てを行います。
この際に、実際に現場に行く執行官と日時などについて打ち合わせを行います。

⑦保全執行
執行官が建物に行き、占有者を呼び出します。鍵が掛けられているときなどは同行する開錠業者が鍵を開けて中に入ります。

執行官は占有者に対して、占有移転禁止の仮処分命令について説明を行い、また、借主はほかの人に建物を貸してはいけないことなどが記載された書面(公示書といいます)を、建物の中の見えやすい位置に貼ります。

なお、大抵の場合、禁止されるのはあくまで借主が占有をほかに移転させることであり、借主自身が建物を使用し続けることは禁止されません。

まとめ

Bさんに部屋を出て行ってもらうため、裁判を起こして賃貸借契約の解除と建物の明け渡し、未払賃料の回収をしなくてはならないと考えるようになったAさん。
ところが、せっかく裁判で勝っても明け渡し時に建物を第三者が使用していた場合には、その第三者に対して明け渡しを求めることができないことを知りました。

弁護士からのアドバイスもあり、Aさんはそのような不都合を回避するために、裁判を起こす前に「占有移転禁止の仮処分」を行うことが有効だと学びました。しかし、Aさんの建物は、Bさん本人が使っているようです。Aさんは、部屋を第三者に使われる可能性は低いだろうと判断。

したがって、今回は占有移転禁止の仮処分は行わず、Bさんに対して裁判を起こすことにしました。
次回は、実際に裁判を起こした場合の流れとその決着について解説します。

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著者紹介

竹村 鮎子
竹村 鮎子

弁護士。東京弁護士会所属。
2009年に弁護士登録、あだん法律事務所に入所。田島・寺西法律事務所を経て,2019年1月より、練馬・市民と子ども法律事務所に合流。主に扱っている分野は不動産関係全般(不動産売買、賃貸借契約締結、土地境界確定、地代[賃料]増減額請求、不動産明渡、マンション法等)の法務が中心だが、他にも企業法務全般、労働法関連、一般民事事件、家事事件、刑事事件など、幅広い分野を取り扱っている。実地で培った法務知識を、「賃貸経営博士~専門家コラムニスト~」としてコラムを公開しており、人気コンテンツとなっている。
http://www.fudousan-bengoshi.jp/

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